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福岡高等裁判所 昭和50年(ラ)42号 決定

抗告人

北九州市八幡西区長

梶原馨

右代理人弁護士

吉原英之

相手方

日本探偵調査士連合会

右代表者

湯浅三夫

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨は「原審判を取り消す。本件不服申立を却下する。」との判決を求めるもので、その理由は別紙記載のとおりである。

二本件記録によれば次の事実が認められる。

1  相手方は、探偵調査業者間の親睦をはかり、探偵調査業務その仲介業務等を行うことを目的とする団体であるが、吉浦正見が右団体に入会を希望したので、入会規定や定款に定める資格審査の資料とするため、抗告人に対し、手数料、郵送料とともに同人の戸籍謄本の交付請求書を郵送し、右請求書は昭和四九年八月一三日抗告人に到達した。

2  抗告人は、「戸籍簿の公開制限に関する取扱要領」(以下たんに取扱要領という)を定め同年八月一日から施行していたが、それによると、本人または本人と同一戸籍に記載されている者(以下たんに本人らという)以外の者から戸籍の謄抄本の交付等の請求があつたときは、本人らの承諾書または基本的人権の侵害につながるものには使用しないことを確認する旨の確認書を提出させることとなつていたが、本件請求にはそのいずれも添付されていなかつたため、抗告人は同月一四日承諾書および確認書の用紙(それには使用目的を記載する欄があり、欄外に「結婚、就職等の調査に使用する場合は申請に応じられません」との記載がある)を同封して請求関係書類を全部相手方に郵送して返戻した。

三そこで抗告理由について判断する。抗告人の抗告理由は要するに次の二点である。

(1)  抗告人の本件措置は、請求手続が不備であるので必要事項を記入し、必要書類を添付したうえ、再度交付請求をなすよう行政指導をしたにすぎず、戸籍法一一八条にいう戸籍事件についての市町村長の処分にあたらない。にもかかわらず、抗告人の右の措置を戸謄本交付請求に対する拒絶処分ないしそれに類したものとみる原審判は誤つており、取消を免れない。

(2)  原審判は、すべての婚姻、就職等の調査のための謄抄本の請求が差別行為の目的につながるとは断定できないのであるから、なんらの例外的あるいは救済的措置を講ぜずに一律に拒絶することは戸籍法一〇条一項但書の解釈を逸脱した違法な措置であると判断しているが、戸籍事務においては市町村長は大量の事務を画一的かつ形式的に処理せざるをえないのであり、個々具体的に差別行為の目的につながるかどうかを判定しつつ処理することは不可能である。しかも、事案の性質上差別につながる結婚、就職のための調査かどうかの認定は具体的に審査したとしても不可能である。基本的人権の擁護の見地からみるならば、この程度の戸籍公開の例外的措置による市民の不利益はやむをえないといわなければならない。

(一)  まず、抗告人のとつた措置は、たんなる行政指導にすぎず、本件戸籍謄本交付請求に対する拒否処分ではない旨の主張について。戸籍法(昭和五一年法律第六六号民法等の一部を改正する法律による改正前のもの、以下同様)一〇条は、戸籍謄本の交付(送付)請求については、同条一項の手数料および同条二項の郵送料(送付の場合)を納めること以外なんらの形式をも要求していないものであるところ、抗告人が、本件戸籍謄本交付請求について、本人らの承諾書も請求者の確認書も添付されていないことを理由に右請求関係書類を全部相手方に返戻した行為は、右承諾書または確認書がなければ請求に応じない旨の意思表示をしたものであつて、明らかに右請求に対する拒否処分と解することができ、抗告人の右主張は理由がない。

(二)  そこで前記(2)の抗告理由について判断する。

戸籍法一〇条は戸籍公開の原則を規定したもので、戸籍事務を管掌する市区町村長は、拒否する正当な理由がないかぎり、戸籍の閲覧または謄抄本の交付の請求に応じなければならない趣旨と解されている。このように戸籍が公開される理由は、戸籍が国民の身分関係を公証する唯一の制度であり、国民が取引その他の法律生活において他人の法律上の身分を確認する必要があるためである。例えば、取引の相手方の行為能力の有無、無能力者ならばその法定代理人の確認、相手方が死亡した場合はその相続関係の確認が必要であり、婚姻などの身分行為についても関係者の身分関係の確認が必要であるなど、戸籍によつて他人の身分関係の確認を必要とする場合が多い。そのため、戸籍を一般に公開し、広く国民の利用に供する必要があるのである。しかし、他方、戸籍の記載の中には、嫡出でない子であることや離婚歴など他人に知られたくないと思われる事項が含まれ、また、本籍地や出生地の記載が同和地区出身者が否かを推認する手がかりとなる場合もあり、戸籍を公開することが、これらのプライバシーの侵害や差別行為につながるおそれのあることも否定できない。そして右のようなプライバシーの侵害を目的としたり、差別行為につながる請求が戸籍法一〇条一項但書の戸籍の閲覧等を拒否する「正当な理由」に当ることは明らかであり、市区町村長は右のような請求を拒否できるのは当然であり、むしろ基本的人権を保護する立場からは、右のような請求を防止するよう努力すべき責任があるといわなければならない。しかし、具体的に個々の請求について果たして拒否すべき正当理由があるかどうかを判断することは、その調査権限や手段のないことから極めて困難であり、現在ではほぼ無条件に近い公開が行われている実情にある。そこで現在の戸籍公開の方法につき検討がなされ、種々の改善策が試みられるに至つたもので、本件取扱要領もその一であるということができる。なお、立法的にも、民事行政審議会の答申に基づき、昭和五一年六月一五日施行の前記改正法により、戸籍の謄抄本の交付請求については原則として請求の事由を明らかにすることを義務づけるなど、戸籍公開の方法に関する若干の改正が行われた。

このように、本件取扱要領は、戸籍法一〇条一項但書に規定された正当理由に基づく戸籍公開の制限を実効あらしめるための手段であつて、これが戸籍法の規定する戸籍公開の原則を不当に制限するものであつてはならないことはいうまでもない。ところで、本件取扱要領は、本人ら以外の考からの戸籍の謄抄本の交付等の請求については、本人らの承諾書または基本的人権の侵害につながるものには使用しない旨を記載した確認書を提出させることとしているのであるが、右確認書は請求者が単独で作成しうるのであるから、その提出を求めることじたいは戸籍公開の原則を実質的にそれほど制限するものとはいえないし、右確認書にその使用目的を記載させることも同様であり、むしろ、右使用目的の記載を求めることは、拒否すべき正当理由があるかどうかの判断資料を得るための適法な一方法であるということができる。(前記改正法も、前記のとおり戸籍の謄抄本の請求には、原則としてその請求の事由を明らかにすることを義務づけている)。しかし、その使用目的が結婚や就職の調査のためであるときは一律にこれに応じないとしたところに問題がある。なるほど、過去の事例において、差別行為が結婚や就職に関して行われることが多く、しかもそのような場合に極めて尖鋭かつ深刻な問題を提起していることは公知の事実であるが、しかし、そうだからといつて、結婚や就職の調査のための戸籍の謄抄本の交付等の請求がすべて差別行為につながるものとはいえない。仮りに結婚についてみても、例えば、相手方の婚姻適齢の有無、重婚や近親婚の禁止に触れないかどうか、待婚期間を経過しているかどうかなど、相手方の身分関係を確認することが不可欠であり、そのためには相手方の戸籍を調査する必要がある。また就職についても、例えば、労働基準法には年少者の肩傭について規制があり、また使用者の方で採用資格を制限する必要のある場合もあり、(記録によれば、抗告人は本件入会も前記「就職」にあたると解しているところ、相手方の定款には会員資格を有しない者として、二〇才未満の者、禁治産者、準禁治産者をあげ、入会規定には欠格事項として日本国籍を有しない者をあげていることが認められる。)、これらの年令や身分等について戸籍を調査する必要のあることが認められる。もつとも右のような場合には、本人から戸籍の謄抄本を提出させることも考えられるが、事前に本人からこれを提出させることが容易でない場合も考えられ、ことに結婚の場合に事前に本人から戸籍の謄抄本の交付を求めることは事実上極めて困難であると考えられる。以上のように、結婚や就職の際の調査のため、正当な使用目的をもつて他人の戸籍の謄抄本の交付等を請求する必要性が認められるのであるから、それにもかかわらず、これを一律に拒否することにした右取扱いは、戸籍公開の原則に対する重大な制限となるのであつて、とうていその制限に合理性を認めることはできず、戸籍公開の原則を定めた戸籍法一〇条一項の規定に違反するものといわなければならない。

ところで、本件の場合抗告人は、本人らの承諾書または請求者の確認書の提出がないことを理由に戸籍謄本の交付請求を拒否したものであるが、その提出を求めた確認書の用紙には結婚、就職等の調査に使用する場合には戸籍の謄抄本の交付等の請求に応じない旨の記載がなされているのであるから、結局右のような要件を具えた確認書の提出がないかぎり請求を拒否する旨を明らかにしたものであつて、抗告人の右措置は明らかに戸籍公開の原則を定めた前記規定に違反する違法の処分であるといわざるをえない。

四よつて、抗告人は、本件戸籍謄抄本交付請求に対し、本人の承諾書または右のような確認書の提出がないことを理由にこれを拒否してはならないとした原審判は相当であり、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(中池利男 鍬守正一 綱脇和久)

〔抗告理由〕

一 本事件の経過は次のとおりであつた。

昭和四九年八月一三日、相手方より抗告人に対し、本籍北九州市△△△区○○○○番地、筆頭者甲野太郎の戸籍謄本の交付請求が郵便によつてなされた。しかし、交付申請書には使用目的が記入されておらず、かつ、本人又は本人と同一戸籍に記載されている(以下「本人等」という。)以外の者からの請求であるにもかかわらず、本人である右甲野太郎の承諾書も請求者の確認書もないので、抗告人は、戸籍簿の公開制限に関する取扱要領にもとづき、請求手続の不備として、申請手続を記載した「戸籍閲覧・交付事務の取扱い変更について」の周知文と承諾書の用紙を添えて相手方の申請書等を一括返送したものである。その後、昭和四九年九月九日になつて、相手方は福岡家庭裁判所小倉支部に対し、「北九州市は申立人に対して、北九州市△△△区○○○○番地筆頭者甲野太郎の戸籍謄本交付請求を受理交付せよ。」との審判を求め、不服申立を行つたものである。

二 相手方の右不服申立は、戸籍法第一一八条に基づくものであるが、同条によれば、不服申立の対象となるのは、戸籍事件についての市町村長の処分である。ところで抗告人の本件において取つた措置は、前記のとおり、本件請求手続が不備であるので必要記載事項を記入し、必要書類を添付したうえ、再度交付請求をなすよう行政指導をなしたにすぎない。これに対し、相手方は、その後何らの行為もとることなく突如本件不服申立をなしたものである。本件交付請求が前記甲野太郎の相手方連合会に対する入会希望による身元調査のために使用されるべくなされたものであることは、本件審判の過程において抗告人の知るところとなつたものである。したがつて、抗告人の前記返戻行為をもつて交付請求の拒絶処分ないしそれに類したものとみる原審の認定は誤つており、この点で原審判は取消しを免れない。

三 抗告人は、戸籍簿の公開制限に関する取扱要領を定め、昭和四九年八月一日より施行している、右要領によれば、戸籍謄抄本の交付等の請求が差別的行為につながることのないようにするため、本人等以外の者から戸籍謄抄本の交付等の請求があつたときは、本人等の承諾書を提出させ、そうでないときは、確認書を提出させることとなつている。右要領を受けて、確認書において、交付請求する戸籍謄抄本は基本的人権の侵害につながるものには使用しないことを確認させるとともに結婚・就職等の調査に使用する場合には申請に応じないこととしている。

四 戸籍法一〇条は、本文において、「何人でも手数料を納めて、戸籍簿の閲覧又は戸籍の謄本若しくは抄本の交付を請求することができる。」と規定し、但書において、「市町村長は、正当な理由がある場合に限り、本項の請求を拒むことができる」と規定している。

五 ところで、右の「正当な理由」がある場合とはいかなるときを指すのであろうか戦前の戸籍法の沿革からみるならば、戸籍事務を繁忙ならしめあるいは妨害する場合とか、無闇に他人の戸籍簿を閲覧し、人の名誉を毀損したり、強請の種にするためにするなど不当な目的に出る場合を指すものと考えられていたようである。何人も肯認しうる特殊例外の場合を除いて、戸籍公開の原則ははつきり貫かれていたといえる。しかし戦後新憲法下において個人の尊厳の名のもとに、プライヴアシーの保護と身分的差別の禁止が強く叫ばれる今日、右の「正当な理由」の解釈もまた妥当な範囲において変化せざるをえない。抗告人の前記戸籍簿の交付事務取扱いは右「正当な理由」の解釈を逸脱した違法な措置であるとの原審判の判断はいたずらに硬直化した法解釈いわねばならない。

六 戸籍の記載事項の中には、嫡出でない子であることや離婚歴など、他人に知られたくないと思われる事項が含まれているため、何人も、自由に他人の戸籍を閲覧し謄抄本請求ができることについては、問題があるといわねばならない。なかんづく、同和地区を有する地域では、多少とも地域の事情に詳しい者が調査するならば、戸籍上の本籍地(転籍しても除籍謄抄本の本籍地により)や出生地などの記載により、いわゆる同和地区出身者であるかどうかを判断する有力な手がかりとなり、部落差別を一層助長することとなるのである。

七 同和問題は、今日の国民にとりきわめて緊要かつ重大な課題である。抗告人の属する北九州市においては、市内に数多くの同和地区を抱え、同和対策事業を市政の最重要課題の一つとして推進することとし、部落差別の防止と禁止に努めている。

八 部落差別が最も先鋭かつ陰湿な形で出現するのが、婚姻および就職における事象である。日常差別の存在を否定する者ですら婚姻や雇用にあたつては、この問題を意識する者が多い。北九州市周辺においても同和地区出身者であるために、婚約を破棄されて自殺したり、就職できずに自暴自棄に陥るなどの者があとをたたないのである。

九 原審判は、すべての婚姻・就職等の調査のための謄抄本の請求が差別行為の目的につながるとは断定できないのであるから、何らの例外的あるいは救済的措置を講ぜずに一律に拒絶することとなるのであつて前記「正当な理由」の解釈を逸脱した違法な措置であると判断しているが、戸籍事務においては市町村長は大量の事務を画一的かつ形式的に処理せざるをえないのであり、個々具体的に差別行為の目的につながるかどうかを判定しつつ処理することは不可能である。

しかも、事案の性質上差別行為につながる結婚・就職のための調査かどうかの認否は具体的に審査したとしても不可能である。基本的人権の擁護の見地からみるならば、この程度の戸籍公開の例外的措置による市民の不利益はやむをえないといわねばならない。

一〇 そもそも婚約・就職は本人自身の人格や能力により決せらるべきであつて、家族や出身等身分関係によつて影響さるべきでない。又、婚約において、正当な目的のため戸籍謄抄本を必要とするならば、お互に自分で交付を受けて交換するなり、承諾書を相手に手交すればたりることである。就職においては、戸籍謄抄本を提出させることはむしろ弊害のみあつて実益に乏しい。昭和四八年八月一五日付労働省職業安定局業務指導課長補佐より各都道府県職業安定課長あての事務連絡によれば、国家公務員採用試験において、戸籍謄抄本の提出は求めないこととなつておりこの動きは各地方公共団体その他に波及している。

なお、確認書には、結婚・就職等と記載されているが、等については、かような場合の慣用的表現で実際に婚姻・就職以外の調査目的の場合に拒否した事例はない。

一一 昭和四九年二月一五日付法務省民事局長通達は、「戸籍事務を管掌する市区町村長は、戸籍の閲覧又は謄抄本交付請求があつた場合において、諸般の事情により、その請求が差別的事象につながるおそれがあると認められるときは、これに応じない取扱いをすることができる。」と述べており、これをうけて、前記取扱要領は、法務局との協議のうえ作成されたのであるが、同様の戸籍公開の例外的措置は大阪府下全市町村、京都市、岡山市、広島県下全市町村その他数多くの市町村において実施せられるにいたつている。又、昭和五〇年二月二八日付民事行政審議会答申は、むしろ積極的に「正当な理由があるときは、戸籍の謄抄本の交付請求をすることができるものとする」よう改めるべきだとしている。

一二 以上に述べた諸点よりみるならば、戸籍謄抄本の請求に関する抗告人の前記取扱いは、まさに戸籍公開の原則と差別行為防止との運用上の調和を周到かつ慎重に配慮したものといわなければならない。したがつて、原審判の認定は誤つており、この点においても原審判は取消されるべきである。

申立人

日本探偵調査士連合会

代表者

湯浅三夫

相手方

北九州市八幡西区長

梶原馨

【参考・原審判】

(福岡家裁小倉支部昭和四九年(家)第一四九一号、不服申立事件、同五〇年五月二一日審判)

【主文】

相手方は昭和四九年八月一三日受付の申立人からの戸籍謄本交(送)付請求書をもつてなされた本籍北九州市△△△区○○○○番地筆頭者甲野太郎の戸籍謄本の送付請求について、同人の承諾書または確認書が提出されていないことを理由にこれを拒んではならない。

【理由】

第一 申立人代表者は、主文同旨の審判を求め、その理由として申立人は探偵調査士の養成、警備、探偵調査等の業務に従事する代表者の定めのある法人格なき社団であるが、相手方に対し所定の手数料、郵送料を同封のうえ主文記載の甲野太郎の戸籍謄本の交付請求書を郵送して同戸籍謄本の送付請求をし、同請求書は昭和四九年八月一三日相手方に到達したが、相手方は戸籍簿を無制限で公開することは憲法で保障された基本的人権を侵害するおそれがあるため同月一日から戸籍簿の閲覧または戸籍謄抄本の交送付請求の取扱いを変更し、その結果、本件請求には本人である甲野太郎の承諾書を提出するか、承諾書が提出できないときは請求する戸籍謄本を基本的人権の侵害につながるものには使用しない旨および戸籍謄本の使用目的を記載した確認書の提出が必要となつたが、これらの提出がないこと、更に確認書を提出しても記載された使用目的が結婚、就職等の調査に使用する場合は請求には応じられないとの理由で送付を拒絶し、同請求書を申立人に返戻した。然し相手方の上記の理由で送付請求を拒絶するのは戸籍法第一〇条所定の戸籍の公開の原則に違反し不当なものであるから、同法第一一八条により相手方の同拒絶処分に対し不服を申立てる、というにある。

第二 よつて審案するに、本件記録中の日本探偵調査士連合会の登記簿謄本、同連合会規約写、同連合会入会規定写、戸籍謄本交付請求書、甲野太郎の戸籍謄本請求についての回答書(添付の承諾書、確認書用紙を含む)、戸籍簿の公開制限に関する取扱要領写、戸籍謄、抄本など交付申請書、申立人代表者(第一、二回)、田代房次(第一、二回)、渡辺完治、古長和雄に対する各審問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

(1) 申立人は探偵調査士の養成、警備、探偵調査等の業務に従事し、法人格はないが規約をもつて代表者である理事長(現在本件申立人代表者)が定められ、継続的組織を有し、その構成員とは独立して対外活動、財産の管理等がなされている社団であるが、甲野太郎が申立人に入会の希望をしたため、申立人は申立人の入会規定や定款等に定める資格審査等いわゆる身元調査の必要上相手方に対し手数料、郵送料とともに甲野太郎の戸籍謄本交付請求書を郵送し、(上記各審問の結果によれば、相手方は交付請求書が郵送された場合は送付請求とみなしてその取扱をすることになつている。)昭和四九年八月一三日相手方に到達した。

(2) 相手方は、戸籍簿の本人または同一戸籍に記載されている者(以下本人等という)以外の者から戸籍簿の閲覧または戸籍の謄抄本の交送付請求(以下単に交付請求ともいう。)が我が国のこれまでの事例の中でいわゆる差別行為に利用され、基本的人権の侵害につながるおそれがあつたので基本的人権の擁護の立場からこれを防止するために差別行為につながる閲覧、謄抄本の交付請求はこれを拒絶することにしたが、これらの請求が差別行為に利用する目的でなされたか否かまでを請求された段階で実質的に審査することが殆んど不可能であるとして、事務の統一をはかる内部の規定である戸籍簿の公開制限に関する取扱要領を定めた。それによると本件に関するものとしては、本人等以外の者から謄抄本の交付請求があつたときは、原則として本人等の承諾書を提出させて謄抄本を交付する。承諾書の提出がない場合は、請求する謄抄本は基本的人権の侵害につながるものには使用しないことを確認する旨の確認書を提出することにし、この場合は謄抄本の交付請求書(交付申請書を含む)に記載されている使用目的または同請求書に記載していないときは確認書に記載させる謄抄本の使用目的が結婚(婚姻)、就職等の調査に使用する場合は差別行為につながるものとみなして取扱う、すなわち確認書に請求者が基本的人権の侵害につながるものには使用しないことを確認する旨を記載しても、請求書または確認書に記載してある使用目的が婚姻、就職等の調査に使用するものであれば、使用目的自体が基本的人権の侵害につながるものであるから、そのような確認書は認めないとの理由で、その請求には一切応じないことにし、この取扱要領は昭和四九年八月一日から施行した。

(3) しかして、相手方は本件戸籍謄抄本請求に対して昭和四九年八月一四日上記甲野太郎の承諾書もまた確認書も提出がないので、申立人の本件戸籍謄抄本交付請求書に承諾者の用紙および使用目的記入欄と婚姻、就職等の調査に使用する場合は申請には応じない旨記入した確認書の用紙を同封して申立人に返戻した。

第三 先ず相手方が本件戸籍謄抄本交付請求書を返戻したことが本件不服申立の対象となる処分になるか否かについて考えてみる。

(1) 相手方は本件請求には本人である甲野太郎の承諾書がなく、また上記の確認書も提出されていなかつたので、相手方の取扱要領に従つて上記承諾書、確認書の用紙とともに返戻したのである。ところで上記の各審問の結果によると、この返戻は本人等の承諾書または確認書がないことの手続不備の理由で返送したものであるから、それらの書類の補正を促したもので未だ拒絶処分まではしていないかのような陳述もあるから、更にその審問の結果によると、相手方は本件請求について請求を拒絶する旨の明確な意思表示をしていないのであるが、相手方の返戻の事務手続は相手方の請求を認めないとの方針で受付簿の記入、決済等の事務手続をすべて完了して請求された謄本を送付せずに本件請求書および手数料、郵送料等本件請求に関するすべてのものを返送し、申立人からの再度の交付請求については申立人の任意によるものであつて、相手方には全くその用意がないこと、および上記の如くその返戻にあたつて申立人に婚姻、就職等の調査に使用する場合は請求には応じない旨表示したのであるから、少なくとも謄本使用目的に関して一部拒絶の子思表示をしたことを考えると本件返戻行為は請求書とともに承諾書確認書の用紙を申立人に送付した事実を考慮しても直ちにこれをもつて単に承諾書または確認書の提出を要請してその補正を促した行政上の指導とは考えられなく、更に申立人からみると、本件請求により謄本の送付を受けられるか否かの正当な判断を求める権利があり、しかもその送付を受けないことによつて不利益を蒙つているのであるから、相手方の返戻行為は送付請求を拒絶した本件不服申立の対象となる処分とみるべきである。

(2) そこで、相手方が本件送付請求を拒絶したことの当否について考えてみるに、戸籍法第一〇条は何人でも手数料を納めて戸籍簿の閲覧または戸籍の謄抄本等の交付を、更に郵送料を納めて謄抄本等の送付を請求できる旨規定して、戸籍公開の原則を定めている。本来戸籍制度は人の身分関係の公示、公証をすることを目的とするものであるから、国民の法律関係に重要な影響を及ぼすのであり、その性質上これを公開し、広く一般の人の利用に供されるべきものである。然しこの原則は無制限なものではなく同条第一項但書によつて戸籍事務管掌者である市町村長は「正当な理由がある場合に限り、請求を拒むことができる。」と規定している。それは請求者が明らかに違法ないし不当な利用目的をもつて謄抄本の交付を請求した場合にはこの正当な理由に該当するものと考えられ、請求が差別行為につながると認められる場合市町村長において交付請求を拒絶できることは当然である。しかして差別行為につながる請求であるか否かをいかにして調査し識別するかについて、相手方は「謄本の交付請求があつた段階において実質的審査権がない以上、国から戸籍事務の機関委任を受けた相手方としては、戸籍公開の原則とこの公開を利用してなされる差別行為につながる交付請求を拒絶して基本的人権を擁護することを両立させる為には、一定の手続や裁量を必要とし、先ず本人等以外の者からの交付請求には本人等の承諾書の提出を必要とし、承諾書が提出できないときは、請求する謄抄本を基本的人権の侵害に使用しない旨の確認書を求め、その提出ができない者は謄抄本を人権上支障のある件に使用するおそれがあると推測して交付を拒絶することにした。この確認書については、未だ他の戸籍公開の制限に踏みきつた市町村長では本人等の承諾書や委任状がないときは謄抄本の交付をしない扱いをしているが、それは戸籍公開の原則からみて好ましくないので、確認書をもつてこれに代り得ることにしたのである。また交付請求書や確認書に使用目的を明記させるのは昭和四九年二月一五日の法務省民事局長の通達(法務省民二第一一二六号)に基づくもので請求が差別行為につながるか否かを明らかにするために謄抄本を必要とする理由についての説明を求めるものであり、基本的人権の侵害につながる恐れのある婚姻、就職等の調査に使用する場合は請求に応じないことも上記の通達の趣旨を配慮して相手方においてそのような取扱いにしたものである。」旨主張している。

よつて検討するに、市町村長の請求毎に差別行為につながるか否かを具体的に調査し判断することは事実上困難である。しかしながら差別行為につながる請求を放置できないことも当然である。そこで手続面や裁量面での運用によつて差別行為の防止につとめなければならないことは相手方主張のとおりであるが、戸籍事務管掌者である市町村長はすでに説明した如く現行戸籍法の基本をなしている戸籍公開の原則の規定およびその規定されている根拠を考えると、同法第一〇条第一項但書の「正当な理由」を適用して請求を拒絶するにあたつては、慎重な判断と手続を必要とし、請求の使用目的によつて拒絶する請求を限定したとしても交付請求を画一的、或いは一律的に拒絶することは好ましくないので原則としてこれを避け、特に必要的、合理的な理由があり、しかも他に方法がないような場合等しかできないものと制限的に考えるべきである。これを本件についてみるに、相手方が謄抄本の請求には先ず本人等の承諾書を必要とし、これがない場合は謄抄本を基本的人権の侵害につながるものには使用しない旨を確認させる方法は、相手方の主張からみると差別行為につながることを防止する立場からみて、また確認書の要求それ自体も請求者に謄抄本の使用が差別行為につながらないことの自覚を促するものとして極めて妥当なものと言えよう。しかしながら、あらかじめ婚姻、就職等の調査のために謄抄本を請求する場合は、一律にこれを拒絶するとしたことには、にわかに賛同し難いものがある。なるほど他の戸籍公開の原則を制限した他の市町村長の中では本人等の承諾書や委任状がない場合は一切請求に応じないとした取扱いがみられるが、これは戸籍公開の原則に反するものであり、それを考えて相手方は確認書提出の制度を定めて、上記市町村長の取扱いからみれば可成り公開の制限を緩和したのであり、またこの種の調査のために謄抄本の請求をすることは、他の目的のために請求する場合に比較すれば差別行為につながるおそれがあると言うことはできると思われるが、然しすべての婚姻、就職等の調査のための謄抄本の請求が差別行為の目的につながるものであるとか、差別行為の目的につながるおそれがあると断定することはできいし、この種の調査に使用する目的が直ちに不当であるとも考え難い。そのうえ、上記認定の如く確認書を提出しても、請求が婚姻、就職等の調査に使用する目的である場合は謄抄本の交付を拒絶するのであるから、これは婚姻、就職等の調査に使用するすべての謄抄本の請求を何らの例外的あるいは救済措置を構ぜずに一律に拒絶することであり、この種の謄抄本請求者に重大な制限を加えることになるが、このような制限は相手方が差別行為を防止し基本的人権を擁護する目的でなされたことを考えても慎重な配慮のもとになした合理的な根拠を有する方法であるとは云えず、上記の「正当な理由」の解釈を逸脱した違法な措置であり、国から委任を受けて戸籍事務を管掌する者である相手方のこの取扱要領の措置は遵守しなければならない戸籍法第一〇条の規定に違反し無効であると言わざるを得ない。更に本件については相手方は上記要領に則り申立人の送付請求を返戻し、その際同封した確認書用紙に婚姻、就職等の調査に使用する算計は請求に応じない旨表示したのであるから、甲野太郎の就職の身元調査のため謄本を請求した申立人は、もはや確認書に所定の事項を記入して再度交付請求をし、これが他の要件をすべて備えていても、相手方が交送付に応じないと考えて本件不服申立に及んだことは肯認でき、結局相手方が申立人に対して本人等の承諾書がない限り、婚姻、就職等の調査のために使用する場合は請求に応じない旨を確認書の用紙に記入して本件交付請求書に同封して返戻し、もつて本件送付請求を拒絶した処分は不当であると言わなければならない。

よつて申立人の本件申立は理由があるので、特別家事審判規則第一五条を適用して主文のとおり審判する。

(伊藤敦夫)

伊藤敦夫

CA5_WLJP_JN008105伊藤敦夫

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